桜に囲まれている石川門です。戌亥櫓跡から見ています。本丸へと至る道は夜間は立ち入りできないようになっているようで、金沢城自体はライトアップもされますが、本丸方向は灯りもなく非常に暗かったです。古くからは一向一揆の本拠として金沢御堂があった場所だそうです。賤ヶ岳の合戦の後1583年に前田利家が入城し、1586年頃に本丸を整備したと言われています。しかし本丸は1602年に落雷によって消失してしまい、三階櫓を再建するものの、1631年の寛永の大火で再び焼失してしまい、その後は再建されることもなく、現在ではその面影を知ることはできなくなってしまっています。もともと本丸には御殿もあったそうですが、大火の後は二の丸に機能が移転してしまい、その後は木々が生い茂ってしまったのでしょう。金沢城の本丸自体は2008年時点では復元されておらず、本丸園地として木々が生い茂っていました。