沖縄県の中村家住宅は国の重要文化財に指定されている、沖縄の住居建築の特色をすべて持っている建築物です。 中村家住宅は約280年前の沖縄の代表的な農家の建物が 戦火を免れてほぼ原型を当時そのままに伝えているものです。 そういう例は非常に珍しいため、沖縄返還時の1972年(昭和47年)5月15日に国指定の重要文化財となりました。 もともとは中村家の先祖に当たる当時の豪農・賀氏(がうじ)は、 現在の読谷村から1440年に第一尚氏時代の琉球王国の官人で、 中城城主としてこの地に入った護佐丸に伴ってこの地に居を構え、 中村家住宅の原型を作りました。当時は農民には赤瓦屋根は許されていなかったため、 竹葺き屋根を使っていたようです。その後護佐丸が首里城謀略の疑いがあるということで 1458年に王府からの命を受けた勝蓮城主の阿麻和利(あまわり)に滅ぼされたため、賀氏も一族離散の時代を迎えます。 しかし時を経て第二尚氏王統中期の1720年頃には地頭(庄屋)になるまでに復活し、 その頃に現存している中村家住宅が建築されたものと思われています。 中村家住宅はウフヤ(主屋・母屋)・トゥングワ(台所)・アシャギ(離れ座敷)・高倉(籾倉)・ フール(豚小屋兼便所)・メーヌヤー(前の屋・家畜小屋兼納屋)・ヒンプン(目隠し塀)、カー(井戸) などで構成されています。ただ建築当時農家には許されていなかった高級木材のチャーギ(イヌマキ)やイーク(モッコク) が柱などに使われており、当時の首里の士族の家屋を移築したものとも言われています。 このことから士族の家屋と農民の家屋の両方の特徴を兼ね備えた貴重なものということが出来ます。 明治時代中頃になって、ようやくそれまでの竹葺き屋根から赤瓦屋根にすることを許され、 漆喰で塗り固められた赤瓦屋根とシーサーを備えた現存する中村家住宅が完成を見たようです。 これ以外にも家屋を取り囲むように、琉球石灰岩で出来ている石垣や、台風の被害を避けるために 家屋の周りに防風林としてフクギ(福木)が植えられています。 中村家住宅へは沖縄自動車道那覇インターより約15分、入場料は500円掛かります。
中村家住宅は役280年前の沖縄の特徴的な建築様式を余すことなく伝えているところから国の重要文化財に指定されています。

