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古今伝授の間

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水前寺成趣園の古今伝授の間(こきんでんじゅのま)の入り口です。
入り口から水前寺成趣園の池のほとりを今度は右手にとって進んでゆくと、
最初に出てくるのがこの古今伝授の間の寂れた風情のある木戸門です。
古今伝授の間というと何かなと思うわけですが、
古今伝授の間の建物自体は江戸幕府が誕生した頃の1600年前後に
立てられたもので、もともとは京都御所にあった
八条宮家の書院の建物を移築したものだそうです。
八条宮(桂宮)智仁親王の書院を兼ねた茶室であったこの部屋で、
細川家初代幽齋が当時22歳であった八条宮(桂宮)初代の智仁親王に
古今和歌集の解説の奥儀を伝授したところから、
後に古今伝授の間と呼ばれるようになったものです。
その建物が何故ここにあるのかといえば、当時京都御所で八条宮家がこの建物を
永久保存するに際して、政情不安のあった京都御所を離れて、
最初は自身の敷地がある長岡天満宮敷地内に長岡茶屋と呼んで
移築するも(余談ですが長岡天満宮の八条ヶ池の名称は
八条宮智仁親王の造成に由来するようです)、
その後ゆかりのある細川家に1868年(明治元年)に譲渡されて解体保存されていたものが、
細川家ゆかりの水前寺成趣園に、西南の役で1877年(明治10年)に焼け落ちた茶室酔月亭の
代わりになる建物ということで1912年(大正元年)に以前の姿のまま移築再建されたものです。
また、智仁親王は別荘として桂離宮の造営でも
知られていますが(桂宮はここからそう呼ばれるようになった)、
桂離宮の造営に際しても、この古今伝授の間が参考にされたそうです。
1964年(昭和39年)には古今伝授の間が熊本県指定重要文化財となっています。

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