天授庵 紅葉
京都の天授庵は1339年に創建された臨済宗南禅寺派・南禅寺の塔頭です。
天授庵の歴史は南禅寺第15代住職となった虎関師錬(こかんしれん)が、南禅寺の開山である大明国師無関普門禅師を
お祀りするために創建された南禅寺第一の塔頭であり開山塔となるものです。
天授庵の名前の由来は虎関師錬が1336年に朝廷に上奏して開山塔勅許の申し出をした際に、
当時の光厳上皇より勅許を得た際に塔を霊光と名付け、庵を天授と名付くとの勅状を賜ったことから
天授庵と名前が付けられたようです。その後室町時代の1393年と、1447年の南禅寺大火によってその類焼を受け、
また室町時代中期の1467年〜1477年にかけての応仁の乱の兵火の影響で一度は廃墟と化し、
その後しばらくの間再建されませんでした。
天授庵がようやく再建されたのは江戸時代に入ってから。1602年に当時の南禅寺住職であった玄圃霊三和尚が
知人で戦国武将でもあり歌人の細川幽斎に再興を依頼し、玄圃霊三和尚が天授庵主とした弟子の雲岳霊圭が
細川幽斎の妻の甥に当たることから幽斎の快諾と寄進によって1602年8月に現存する本堂(客殿)・正門・旧書院などを
復興することが出来たようです。
天授庵の本堂は六間取方丈形式の建物でこけら皮葺屋根を持ち、
光厳帝から賜った霊光塔を復興したもので、南禅寺開基・大明国師無関普門禅師の等身大の木像を安置し、
中興の祖ともなった細川幽斎夫妻はじめとする細川家歴代の位牌を納めてあります。
また本堂の襖絵は非公開ながら重要文化財に指定されている長谷川等伯の方丈障壁画32面を所蔵しています。
また、天授庵の庭園は本堂前庭(東庭)と書院南庭・澄心庭に分かれて二つの庭園を持っています。
どちらも紅葉時期には素晴らしい紅葉を堪能できるところですが、天授庵受付後に出てくる禅寺らしい本堂前庭の枯山水庭園は
小堀遠州の発案とも言われる、幾何学模様の石畳の周囲に緑の苔をあしらったものが枯山水の白砂の中を横切っている、
独特の文様を描き出しています。
対して書院南庭の方は、突き出した出島によって区切られた東西2つの池の周囲に
杉の木やカエデなどの紅葉の木々を配した池泉回遊式庭園として作られており、一部明治時代に改修されているものの、
鎌倉末期から南北朝時代の面影を残した庭園となっています。
天授庵庭園の紅葉は非常に見事なものを持ち、枯山水庭園に散る紅葉、回遊式庭園の池に映る紅葉と、
全く趣が違った種類の紅葉を同時に楽しめることが最大の魅力ともなっています。
南禅寺三門のすぐ近くにありながら、意外と訪れる人も少なく、じっくりと紅葉を堪能できるスポットです。
また南禅寺の塔頭としては何有荘(現在非公開)と共に素晴らしい紅葉を堪能できるところでもあります。
天授庵の拝観料は400円、駐車場はありませんが最寄駐車場として南禅寺の駐車場が1000円/日で利用できます。
南禅寺三門や南禅寺の拝観と共に訪れてみてはいかがでしょうか。
紅葉の見頃は11月下旬〜11月末頃です。天授庵は京都にしては珍しく三脚一脚は禁止の看板は無く、
この撮影時点ではOKのようでしたが使っていません。
また年によって変わってくる場合もあるので事前に確認されることをオススメします。
また紅葉時期は夜間拝観もあるようですが、夜間拝観については三脚は禁止なのだそうです。
天授庵入り口の白壁と紅葉 |
天授庵庫裡・大書院から見る紅葉 |
正門と本堂前庭の紅葉 |
本堂前庭の枯山水庭園 |
本堂前庭の白砂の模様と紅葉 |
南庭への木戸門にかかる紅葉 |
南庭への通路と大書院 |
書院南庭の東池に掛かる木橋と紅葉 |
書院南庭・東池の小滝 |
池泉回遊式庭園の紅葉美 |
苔むす木々と鮮烈な紅葉 |
書院南庭澄心庭の池に映す紅葉 |
紅葉越しに見る天授庵大書院 |
澄心庭の池に映す紅葉 |
石灯籠とドウダンツツジの紅葉 |
書院南庭・池に泳ぐ錦鯉 |
書院南庭・池に泳ぐ錦鯉 |
書院南庭澄心庭の通路と紅葉 |
苔むす池畔と紅葉美 |
書院南庭の紅葉美 |
書院南庭の燃えるような紅葉 |
天授庵本堂前庭全景 |
枯山水庭園に散る紅葉 |
本堂廊下越しに見る前庭の紅葉 |
南庭への木戸門にかかる紅葉 |
幾何学模様の石畳と紅葉美 |
紅葉越しに見る南禅寺三門 |
天授庵本堂と紅葉 |
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撮影地 天授庵(京都市左京区南禅寺福地町) 撮影日2007年11月29日
撮影カメラ EOS 5D レンズ EF 28-300mm 3.5-5.6 L IS USM
参考GPS測位標高データ 天授庵入り口 65m
緯度経度 北緯35度00分39秒59 東経135度47分32秒60
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