ひらかた大菊人形義経・第八場面「弁慶、立ち往生」 平家を滅亡させた源氏方ですが、今度は不信を抱いた疑い深い頼朝が義経を追放して、 奥州平泉へ藤原秀衡を頼って義経一行は逃げました。 しかし秀衡死後の1189年、頼朝が藤原秀衡の子である泰衡を脅し、 義経一行は衣河館にて藤原泰衡の急襲を受け、義経は持仏堂で自害します。 そのとき弁慶は義経に敵を近づけまいと、全身に矢を浴びて、 立ち往生したままで壮絶な最後を遂げる事になります。
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